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浦和地方裁判所 昭和34年(ワ)306号 判決

原告 全国自動車交通労働組合埼玉地方本部平和支部

被告 株式会社平和自動車

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、別紙目録記載の各従業員に対し、それぞれ労働基準法第二〇条の手続に従い解雇の意思表示をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  被告は、主として自動車による旅客の運送を営業とする株式会社であり、原告は、もと平和自動車労働組合(以下、第一組合と略称する)と称し、被告会社に勤務する労働者を以つて結成された労働組合であつたが、昭和三四年三月一〇日、第一組合と被告との間に労働協約(以下、本件労働協約と略称する)が締結され、右労働協約には「会社は組合を唯一の団体交渉の相手として認める(第四条)。組合員が組合より除名されたときは会社は組合と協議の上これを解雇する(第五条)。従業員は役付社員、組合と会社とで協議したる者を除き、すべて組合員とする、但し事務職員は組合に賛同する者を以て組合員とする(第六条、第七条)。」ことなどが規定された。

(二)  昭和三四年八月二八日、別紙目録記載の六名を含む一〇名の組合員について、同人らが組合の方針に反し、種々反組合的な動きをしていることが組合大会の議題となり、討議の結果組合規約に基き、右一〇名を除名する処分が決つた。そこで第一組合は、右除名処分の決定を直ちに被告に通知し、本件労働協約に基き協議を求め、解雇を要求したが、被告は協議にも応じないで、解雇を拒否した。

(三)  原告は、その後全国自動車交通労働組合埼玉地方本部平和支部(以下全自交埼玉地本平和支部と略称する。)に組織変更したが、そもそも労働協約は使用者と労働者との間の集団的労働関係を規律する法的規範としてその存在を認められているものであるから形式上労働組合の組織の変更があつたとの一事を以て協約の効力が当然消滅するものと解すべきではなく、組織変更の前後における構成員、労使関係等が基本的に同一である場合には、依然として従前の労働協約の効力を認めるべきものであるところ、平和自動車労働組合と全自交埼玉地本平和支部とは、その構成員、被告との労使関係は同一であるから、原告即ち全自交埼玉地本平和支部に本件労働協約は当然承継され、原告と被告との間においてなお効力を有するものといわねばならない。

(四)  よつて、原告は被告に対して、本件労働協約に基き、別紙目録記載の従業員に対し労働基準法第二〇条の手続に従い解雇の意思表示をすることを求める。

と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、原告は全自交埼玉地本の下部組織であり、民事訴訟法第四六条にいわゆる権利能力のない社団であつて代表者の定めのあるものに該当し、当事者能力を有するものである、と述べ、被告の本案の主張に対し、

(一)  四八名中僅かに一〇名が脱退したとしても、この程度の脱退を以て、組合の分裂ということはできない。尚右のうち一名(根本尚)が事務職員であることは認める。その後、第一組合から更に一九名が脱退したことは認めるが、右脱退は何れも、被告会社の第一組合に対する団結権侵害の意図に基いて行われたものであり、かかる脱退を以て組合の分裂ということはできない。従つて本件労働協約の適用を否定すべきではない。

(二)  前記一〇名の第一組合からの脱退は、組合規約第一七条(脱退しようとする組合員は、組合長にその旨を通告し執行委員会の承認を得なければならない。但し、債務を有する場合は、その履行後でなければならない。)に違反し、執行委員会の承認を得ていないから無効である。仮に右規約第一七条が組合員の脱退の自由を束縛するものとして民法第九〇条により無効であるとしても、右脱退は、専ら第一組合の団結権を侵害する目的のためにのみなされたものであるから無効である。従つて、別紙目録記載の六名は除名されたのであつて、本件労働協約に基き解雇されるべきものである。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、平和自動車労働組合は既に解散によつて消滅しており、全自交埼玉地本平和支部は独立の労働組合ではなく、従つて当事者能力を有しないのであつて、本訴は訴訟要件を欠くから却下されるべきである、と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実のうち、別紙目録記載の六名を含む一〇名の従業員が第一組合の組合員であつたこと、被告が右一〇名の解雇を拒否したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  請求原因(三)の事実のうち、組織変更の事実は認めるが、本件労働協約の効力については争う。

と述べ、更らに

(一)  別紙目録記載の六名を含む右一〇名の従業員は、闘争至上主義の組合活動に不満を懐き、第一組合から除名される三日前である昭和三四年八月二五日に第一組合を脱退し、そのうち一名(根本尚)はポーター(事務職員)であるから本件労働協約第六、第七条により組合加入については任意的な地位にあり、他の九名は株式会社平和自動車労働組合(以下、第二組合と略称する)を結成した。このように四八名の組合員のうち一〇名が一時に脱退したのであるから、実質的には組合の分裂であつて本件労働協約の適用されるべき統一的基盤は失われたものといわねばならない。仮にこの段階では未だ組合の分裂とはいえないとしても、昭和三六年四月二五日に至り、第一組合からその代表者委員長井原信治を含む一九名が脱退し、同年五月一五日には第二組合は解散し、その組合員九名(結成後、退職四名、脱退一名、新規加入五名で、総数は結局九名)と、第一組合からの脱退者一九名のうち一八名及び事務職員二名の合計二九名を以て新組合(以下第三組合と略称する)を結成するに至り、第一組合は全く分裂し、本件労働協約を適用する余地はない。のみならず、第一組合は全自交埼玉地本平和支部に組織変更したことにより消滅したのであるから、原告(全自交埼玉地本平和支部)には本件労働協約の効力は及ばない。

(二)  仮に、本件労働協約は原告と被告との間において、なお効力を有するとしても、前記一〇名は第一組合から除名されたのではなく任意脱退したものである。原告は、右脱退は執行委員会の承認を得ていないから第一組合の組合規約第一七条に違反し無効であると主張するが、労働組合への加入及び脱退の自由は個々の労働者の有する奪うべからざる固有権であるから、組合員の脱退を不当に制限する右組合規約第一七条の規定は無効というべく、従つて前記一〇名の脱退は執行委員会の承認はなくとも有効である。そして、本件労働協約第五条は組合員が組合より除名された場合の規定であつて、任意脱退の場合にはシヨツプ協定の適用はない。

(三)  仮に、本件の場合にもシヨツプ協定の適用があるとしても、本件労働協約は脱退、除名即解雇との趣旨ではなく、正当な理由がある場合には解雇しなくてもよいという留保のある協定であり、別紙目録記載の六名は何れも優秀な運転手であつて、六名を一時に解雇することは被告の業務遂行に著しい支障を来すことになる。従つて、このような場合には被告には解雇をしないことにつき正当な事由があるといわねばならない。

(四)  以上の理由により、原告の請求は失当である。

と述べた。(証拠省略)

理由

先ず、原告の当事者能力について判断する。証人丸橋登の証言によれば、第一組合は平和自動車労働組合として組合活動を行つていたが、昭和三四年九月、全国旅客自動車労働組合連合会を上部団体とする埼玉県旅客自動車組合に加盟し、埼玉県旅客自動車組合平和支部となり、更に昭和三五年一〇月、中央の組織の変革に伴い、全国自動車交通労働組合埼玉地方本部(全自交埼玉地本)平和支部となつたことが認められ、埼玉県地方労働委員会会長紺藤信行作成の「労働組合資格証明書(埼地労委資証第四八号)」及び同人作成の「嘱託書に対する回答」と題する書面によれば、埼玉県旅客自動車労働組合平和支部は労働組合法第二条及び第五条第二項の規定に適合するものであつたが、全自交埼玉地本となつた際に各企業毎の支部を廃止し、全自交埼玉地本に組合員が個人で直接加入することとなり、その結果全自交埼玉地本が労働組合法第二条及び第五条第二項の規定に適合する労働組合となり、各企業毎に支部と称しているのは、運営上の便宜に過ぎないものとなつたことが認められる。しかしながら、いわゆる労働組合支部の訴訟上の当事者能力の存否については、必ずしも支部なるが故にこれを否定すべきものではなく、その支部の具体的実情に鑑み判断すべきものであつて、支部それ自体が一応独自の規約を有し、独自の決議機関、執行機関あるいは独立の財産を保有し独立の会計をもつなど、本部あるいは上部団体とは独立して、自主的活動をなし得る社団的組織体をなし、かつ、社団的組織体として本部とは別個の活動をなしている場合においては、支部それ自体の当事者能力を肯定すべきである。そこで原告の全自交埼玉地本に対する独自性について考えてみるに、成立に争のない乙第一七号証(全自交埼玉地本の組合規約)によれば、全自交埼玉地本は各企業に事業所支部を設ける旨の規定があるが、かかる支部の独自性を認める趣旨の規定はなく、前記「嘱託書に対する回答」と題する書面及び証人丸橋登の証言によれば、労働組合として認められるのは全自交埼玉地本であつて、その支部には団体交渉の権限もなく、独自の規約もなく、又支部長はあるが執行委員長の定めもなく、会計についても支部独自の責任において行うものではなく埼玉地本の出先機関として組合費の徴収等をしているに過ぎないことが認められる。以上の事実を総合すれば、原告は全自交埼玉地本の単なる運営上の支部に過ぎないものであり、自主的活動をなし得る社団的組織体をなしていないものと云わざるを得ない。従つて原告に民事訴訟法第四六条による当事者能力を認めることはできない。

以上の次第により、原告はそもそも当事者能力を有しないものというべきであるから、本件訴は不適法として却下すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 吉村弘義 篠田省二)

(別紙省略)

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